絶望から希望へ
彼らは地獄を見た。そして今、笑顔で未来を語る。
阿蘇の広い空と草原が、焦らず整える回復の時間を支えます。
穏やかな海の光が、心を落ち着け、明日への一歩を後押しします。
九州の自然のリズムに合わせ、生活と心を少しずつ取り戻します。
阿蘇と天草の自然環境で、自律神経と生活リズムを再構築する土台を整えます。
医療・福祉・家族連携を丁寧に束ね、再出発に必要な評価・計画・伴走を一人ひとりに合わせて設計します。
回復だけでなく、個性を尊重し合い、人生を再設計する「家」として機能させます。
ABOUT HIGONOIE
RECOVERY PROGRAM
ひごのいえのプログラムは、国内の依存症リハビリテーション施設で広く実践されている生活リズムの再建、グループワーク、医療・心理支援、自助グループの考え方を取り入れながら、「誰と生きるか」を何より優先して設計しています。
栃原晋太郎代表理事をはじめ、医療・心理・ピア・生活支援のチームが、入所初期から退所後まで、一人ひとりのペースで伴走します。
回復の本当の勝敗は、カリキュラムの名前や、どれだけ早く「卒業」したかでは決まりません。
依存症からの回復は、一生続く長距離走です。短距離走のように成果を急ぐのではなく、極めてスローなペースで、心と体と人間関係を、少しずつ取り戻していく旅路です。
だから、私たちが最も大切にしているのは、プログラムの種類や内容の多さでも、在籍期間の長さでも、優秀に卒業したかどうかでもありません。
回復の初期に、誰と暮らし、誰に憧れ、誰と朝昼夜のできごとを分かち合ったか。その人間関係の質こそが、何年後の再発予防の核になる――私たちは、長年の現場で、何度もそれを目の当たりにしてきました。
孤独のなかで耐え続けた人ほど、信頼できる誰かの「おはよう」「おつかれさま」に救われます。失敗を隠さなくてよい仲間がいるほど、衝動の夜を越えられるのです。ひごのいえは、スコアやランキングで人を評価する施設ではありません。安心して素の自分を見せ合える関係の場を、熊本の自然とともにつくる施設です。
「もう終わりだ」と思えた夜にも、朝は必ず来る。回復者とスタッフがその事実を、言葉と態度で何度も伝えます。小さな成功体験を積み重ね、未来への想像力を取り戻します。
飲酒・使用・ギャンブル、隠していた気持ち、家族への怒りまで――正直に話せる関係が、再発予防の土台になります。責めるのではなく、共に事実を見る対話を徹底します。
心身の安定、生活リズム、対人関係、社会との再接続。すべてに時間をかけ、焦らず整えます。回復は「直す」だけでなく、「つながり直す」営みだと信じています。
多くの依存症リハビリ施設と同様、入所初期は生活の安定、中期は心と行動の整理、後期は社会との再接続を目指します。
ひごのいえでは、各段階で「誰と何を分かち合うか」を計画の軸に置きます。
起床・睡眠・三食・清掃・服薬・通院を、同じリズムで過ごす仲間とスタッフとともに再建。断酒・断薬の不安を、一人で抱え込まない環境をつくります。国内施設で重視される「生活リズムの回復」を、共同生活のなかで実践します。
個別面談、グループワーク、ピアとの対話、認知行動的な整理、感情の言語化。12ステップやリカバリー・ダイナミクスに触れる機会も用意し、「正直に話す」「聞く」練習を重ねます。憧れられる回復者との出会いが、ここで芽生えます。
家族会、外部との面会、就労準備、自助グループ(AA・NA・DA等)への接続、退所後の生活設計。急いで「卒業」させるのではなく、つながりを保ったまま次の一歩へ進みます。
リハビリ施設で広く採用されている規則正しい生活を、ひごのいえの共同生活に合わせて設計しています。同じ時間に起き、食べ、働き、休む――その反復のなかで、信頼関係が育ちます。
国内の依存症リハビリテーション施設で提供される要素を参考に、ひごのいえで行う主な支援です。
いずれも、最終的には人との関係の質につながるよう組み立てています。
精神科・内科・かかりつけ医と連携。検査、服薬、離脱症状への対応、栄養改善。体調不良を「甘え」にせず、支え合う文化で受け止めます。
トラウマ、喪失、怒り、うつ、不安を、段階的に言語化。秘密は守り、本音を吐き出せる「一人の大人」の関係を築きます。
日々の振り返り、感情の共有、フィードバック。国内施設の中心となっている集団ワークを、安全なルールのもとで継続します。
回復経験のあるスタッフが、同じ道を歩んだ先輩として伴走。「あのとき、自分もそうだった」という言葉が、希望と現実感をくれます。
睡眠・食事・入浴・掃除・洗濯・予算管理。再発しやすい夜を越えるための、見える化された日常の型をつくります。
思考と行動のパターンを整理し、衝動が来たときの具体的な行動計画を、スタッフ・仲間と紙に書き、共有します。
AA・NA・DA等の考え方や、回復のための対話の枠組みに触れる機会を設けます(参加は本人の意思を尊重)。
運動、散歩、農作業、創作、九州の自然のなかでの活動。楽しさと達成感を、薬物や酒の代わりに体験し直します。
家族会、個別面談、境界線の整理。責め合わず、回復の仲間として再び向き合う対話を支援します。
短時間の作業から始め、生活と仕事の両立を設計。退所後も、つながりを切らないフォローを重視します。
女性が安心して過ごせる専用環境。女性スタッフによる支援、女性特有の課題への配慮(希望者向け)。
グループホーム、通所、自助グループ、医療機関との接続。一人に戻さないための、関係の橋渡しを行います。
依存症は、脳と行動の病気です。同時に、つながりの欠落や歪みと深く結びついている病気でもあります。使ってしまう夜、多くの人は「誰にも言えない」「誰も自分を分かってくれない」と感じています。
回復初期に出会ったスタッフの眼差し、仲間の「おはよう」、憧れの先輩の背中、家族の一言――それらが、心のなかに新しい物語を書き始めます。「自分は、こういう人たちと生きていいんだ」「失敗しても、まだ戻れる場所があるんだ」という物語です。
その物語が薄れてしまうと、再発のリスクは静かに高まります。だからひごのいえは、カリキュラムをこなすこと以上に、信頼できる人間関係を育て続けることに力を注ぎます。施設を出たあとも、その関係が地域のなかで広がっていくよう、退所前から設計します。
一般社団法人ひごのいえ 代表理事 栃原 晋太郎
依存症回復支援の現場で培った経験をもとに、技法だけでなく「安心して暮らせる関係」を最優先にプログラムを設計しています。
もし今、プログラムの名前や期間、費用ばかりを気にして迷っているなら、ひとつだけ思い出してください。回復で本当に残るのは、修了証ではなく、心に残った人との記憶です。
誰と暮らし、誰に憧れ、誰と日々を分かち合ったか。その質が、あなたの回復の色を決めます。私たちは、早く優秀に卒業する人を増やす施設ではありません。何年経っても「あのとき、あの場所で、あの人たちと生きられた」と思える人を、一人でも多く増やす施設でありたいのです。
熊本・御船町の空気のなかで、一緒に長距離走を続けましょう。最初の一歩は、相談の電話からで大丈夫です。
参考:国内の依存症リハビリテーション施設で一般的な要素(生活リズムの再建、グループワーク、12ステップ・自助グループ、認知行動的アプローチ、医療連携、家族支援、就労準備等)を、ひごのいえの理念に合わせて整理した概要です。個別のプログラム内容・期間は、お一人おひとりの状態に応じて調整します。
WOMEN ONLY SUPPORT
女性専用の依存症回復施設は国内でもまだ少なく、安心して相談できる場を探すだけでも負担になります。らぽーるは、女性が心身の安全を最優先に回復へ向かえる希少な拠点です。
GROUP HOME
障害福祉サービス「共同生活援助」(グループホーム)に基づく住まいで、依存症回復と生活再建を、医療・相談支援・行政と連携しながら支援します。
障害者が共同生活を営む住居で、主に夜間に日常生活上の援助を受けるサービスです(訓練等給付)。世話人・生活支援員が配置され、原則2〜10名の少人数で地域自立を目指します。支給は一人ひとりの審査で決まります。
※可否・日数は個別審査。相談時に現状整理が重要です。
※18歳以上は所得により負担額が変わります。
※自治体・申請状況により異なります。
生活リズム・服薬・対人・再発予防を重視し、地域生活への移行まで見据えた計画を共につくります。
参考:厚労省「障害福祉サービスの内容」、WAM NET 共同生活援助の解説等に基づく概要。支給可否・負担額はお住まいの市町村の判断です。 厚生労働省:障害福祉サービスの内容
USER GUIDE
初回相談(無料・秘密厳守)から入所・グループホーム・女性専用「らぽーる」・退所後の再建まで、状況に合わせて伴走します。医療機関・相談支援専門員・自治体と連携します。
入所・グループホーム・女性専用・家族支援を組み合わせ可能。最適な形は初回相談で整理します。
※金額は支給決定・所得等により変動。無理な勧誘はしません。
参考:厚労省「サービスの利用手続き」等に基づく案内。詳細は市町村・相談支援専門員へご確認ください。 厚生労働省:サービスの利用手続き
KYUSHU NATURE
阿蘇の雄大な景色が、前を向く気持ちを静かに後押しします。
緑豊かな風景のなかで、暮らしと心を少しずつ取り戻します。
FAMILY SUPPORT
COMMUNITY ENERGY
20年間の薬物依存と服役を経て、現在は回復者スタッフとして仲間を支援。「一人で抱えない」ことが回復の起点になった体験を伝えています。
借金2000万円と家族離別を経験後、債務整理・就労再建・家族再接続を段階的に実行。生活を整えることが再発予防の鍵だと語ります。
女性専用施設で安心して支援につながり、断酒だけでなく生活全体を再建。子どもとの再会を支えに、回復を継続しています。
18歳で覚醒剤に手を出し、最初は「眠らずに働ける」「気持ちが軽くなる」と思っていました。けれど、使うたびに嘘が増え、約束を破り、人を傷つける自分になっていきました。20代で仕事を転々とし、借金を重ね、暴力団関係者とのつながりも断てず、逮捕3回・服役3回。出所するたびに「もう終わりにする」と誓いましたが、孤独と不安に耐えきれず、数日で再使用してしまう。その繰り返しでした。家族は電話に出なくなり、友人は連絡先を変え、気がつけば誰も私を信じていませんでした。最後の出所の日、迎えに来た人は本当に一人もいませんでした。駅のベンチで夜を明かし、「ここから先は死ぬか、助けを求めるかしかない」と思ったことを今でもはっきり覚えています。偶然、役所の相談窓口で紹介されたのが、回復支援につながる最初のきっかけでした。最初の数か月は、正直、何も信じられませんでした。人の優しさを疑い、指導されると反発し、少し嫌なことがあると逃げたくなる。そんな私にスタッフは、責めるでも放任するでもなく、「今日一日を一緒に整える」ことだけを繰り返してくれました。起床、食事、通院、ミーティング、振り返り。単純ですが、その積み重ねが乱れた生活を少しずつ戻してくれました。再発の衝動が強い日は、過去の失敗を隠さず言葉にし、仲間の前で助けを求める練習をしました。恥ずかしさよりも、孤立の怖さのほうが大きいと理解できた時、回復は進み始めました。今、私は回復者スタッフとして、新しく来られる方に最初に伝えています。「今のあなたがどれだけ壊れていても、回復はここから始められる」と。過去は消せませんが、今日の選択は変えられる。私自身がその証明であり続けることが、支えてくれた人たちへの恩返しだと思っています。
依存症の苦しさは、外からは「意思の弱さ」に見えやすいかもしれません。私自身も長い間そう言われ、最後は自分でもそう思い込んでいました。けれど実際は、病気として適切な支援につながらない限り、根性だけでは止め続けることが難しい状態でした。だから私は、今苦しんでいる方に「あなたのせいだけではない」と必ず伝えます。相談することは負けではなく、回復の責任を引き受ける最初の行動です。昨日まで何度失敗していても、今日助けを求められたなら、それは十分に大きな一歩です。私はその一歩に、現場で何度も救われてきました。どうか一人で終わらせず、つながってください。必ず道は開けます。
—— 田村 健一さん(42歳・仮名)
私は会社員として真面目に働いているつもりでしたが、給料日の夜にパチンコ店へ行く習慣が、いつの間にか生活の中心になっていました。最初は小遣いの範囲で遊んでいたはずが、負けを取り返したくて消費者金融に手を出し、クレジットカードのキャッシング枠を使い切り、気づけば借金は2000万円近くまで膨らんでいました。家では「残業だ」と嘘をつき、通帳も明細も隠し、妻の財布に手を付けたことさえあります。見つかった時、妻は泣きながら「あなたを信じられない」と言いました。それでも私は「もうやめる」と口先だけで謝り、翌週にはまた店に戻っていました。催促の電話が鳴り続け、職場でも集中力を失い、遅刻と欠勤が増え、最終的に退職。妻は子どもを連れて実家に戻り、家は静かになりました。静かすぎて、逆に逃げ場がなくなった夜、元妻から「子どもたちがパパを心配してる」とメッセージが届きました。その短い一文を見た瞬間、自分の人生を壊しているのは運でも景気でもなく、自分の病気だと認めざるを得ませんでした。支援につながってから最初にやったのは、「ギャンブルをやめる」ではなく「生活を整える」ことでした。借金の現状をすべて書き出し、弁護士と相談して債務整理を進め、現金管理と家計管理を第三者と共有し、スマホの決済機能も止めました。衝動が出る時間帯を記録し、危ない場所に近づかないルートを作り、代わりに歩く・話す・休む行動を決めました。正直、地味で面倒で、何度も投げ出したくなりましたが、スタッフと仲間に「今日を崩さない」ことだけを繰り返し支えてもらいました。今は仕事を再開し、返済計画に沿って一歩ずつ進めています。月に一度、子どもと会える時間ができ、長男が「前より顔が優しくなったね」と言ってくれた時、初めて本当に回復している実感が湧きました。ギャンブルをやめることはゴールではなく、家族と信頼を作り直すことが本当の回復だと、私は毎日学び直しています。
もし今、請求書を開くのが怖い人、家族の顔を見るのがつらい人がいたら、私と同じところに立っているのだと思います。私が言えるのは、「状況を隠す時間が長くなるほど回復は遅れる」ということです。逆に、現実を言葉にした瞬間から回復は前に進みます。借金の整理、生活費の再設計、仕事の立て直し、家族との関係修復は、ひとりで抱えると潰れてしまいます。支援につながれば、順番を一緒に決めて進められます。私もまだ途中ですが、途中でも人生は十分に変えられると、今は胸を張って言えます。
—— 佐藤 裕介さん(45歳・仮名)
私は離婚後、子ども2人と離れて一人暮らしになってから、お酒を「眠るための薬」のように使い始めました。最初は缶チューハイ1本だったのに、気づけば朝から飲まないと手が震え、食事も取れず、部屋はゴミ袋で埋まり、仕事も続かなくなりました。体調が悪くても「今日は飲まないと余計につらい」と言い訳し、病院で肝機能異常を指摘されても本気で止められませんでした。ある日、酩酊して転倒し、救急搬送された病院で医師から「このままでは命に関わる」と告げられました。それでも退院後にまた飲んでしまった自分を見て、私は本当に絶望しました。母親なのに、子どもに会う資格もない、そう思っていました。転機は、娘からの着信でした。久しぶりに電話に出ると、娘は泣きながら「ママ、生きててくれてありがとう」と言いました。責められると思っていた私は、その言葉で崩れました。そこで初めて、ひとりで隠れて耐える方法では回復できないと認め、女性専用施設に相談しました。女性専用の環境は、私にとって想像以上に大きな意味がありました。夜間の不安、対人緊張、過去の怖い経験を、同じ女性スタッフに安心して話せること。感情が乱れる日でも「怖かったね」「今日はここまでで十分」と受け止めてもらえること。これまで何度も自分を責めてきた私にとって、その関わりは治療そのものでした。回復プログラムでは、断酒だけでなく、睡眠、食事、服薬、通院、金銭管理、対人関係の練習を一つずつやり直しました。再飲酒衝動が出た時の行動計画も、スタッフと一緒に紙に書いて、すぐ見える場所に貼りました。私はまだ「完了」ではありません。回復中です。けれど、今は朝起きて顔を洗い、食事を作り、約束の時間に通院し、困った時に助けを求めることができます。先月、子どもたちと再会した時、娘が「ママの目が前よりやさしい」と言ってくれました。その一言を支えに、私は母として、そして一人の人間として、これからの人生を丁寧に取り戻していきます。今苦しんでいる方にも伝えたいです。恥ずかしさより先に、まず相談してほしい。助けを求めた瞬間から、回復は始まります。
女性として生きる中で抱える痛みは、言葉にしにくいものが多くあります。だからこそ、安心できる場所と信頼できる支援者が必要でした。らぽーるで私が救われたのは、正論で責められなかったことです。「なぜできないのか」ではなく、「どうしたら今日を安全に過ごせるか」を一緒に考えてくれました。回復は劇的な一日ではなく、静かな一日の積み重ねです。今つらさの真ん中にいる方にも、どうか自分を見放さず、相談という選択をしてほしいです。あなたの人生にも、必ずやり直せる時間が戻ってきます。
—— 中村 美咲さん(38歳・仮名)
OUR STAFF
回復歴5年。20年間の薬物依存から回復し、現在は再発予防プログラムと生活支援を担当。「一人じゃない」を体感できる関わりを大切にしています。
回復歴3年。処方薬・違法薬物依存の経験を活かし、初期相談と日中活動支援を担当。体調・睡眠・食事のリズム再建に強みがあります。
回復歴1年半。債務整理や家族関係の再構築を経験し、金銭管理と就労定着の支援を担当。「小さな達成の積み重ね」を実践しています。
A. 障害福祉サービス受給者証をお持ちの方は自己負担額が軽減されます。詳しくは利用案内をご覧ください。
A. はい。ご家族だけのご相談も歓迎しています。まずは現状を丁寧に伺います。
A. はい。女性専用施設「らぽーる」をご利用いただけます。女性スタッフが常駐しています。
A. 依存症は回復できる病気です。適切な支援と環境、仲間とのつながりがあれば未来は変えられます。